新横田基地公害訴訟団ニュース

第21号  (1998年6月30日))
第9回裁判を傍聴しよう
原告3人が被害を訴えます
訴訟団のみなさん、7月9日10時から12時、八王子地裁で第9回裁判が開催されます。裁判では、昭島、瑞穂、羽村地域の3人が被害のひどさを訴えます。前回の裁判にははじめての人もたくさん参加し、70の傍聴席がいっぱいになりました。それぞれの支部で空白をつくらないようがんばっています。裁判傍聴にぜひご参加ください。

弁護士  松浦 信平
 現在、弁護団は被害実態の立証をすすめています。5月28日の裁判では、3人の方々が証言台に立ち、尋問が行なわれまさした。
原告本人尋問は、密室で仕事をすることの多い裁判官が被害についての生の証言に耳を傾ける大切な機会です。20分という限られた時間で、どれだけ新鮮で具体的な話を展開できるか、証言に立つ原告の方と担当弁護士は、当日まで二人三脚で準備を重ねます。この日証言した福生の本郷さん、日野の本田さん、八王子の永田さんとも、法廷の緊張した雰囲気の中でも臆することなく、実に堂々と実感のこもったお話をされ、弁護士の期待に見事に答えてくださいました。
 この日の裁判では、今後の裁判のスケジュールも、7月9日、9月10日、11月15日と具体的に決められました。10月27日には、今年の2月に続く2回目の現場検証も行われます。陳述書作成作業も旺盛にすすめられており、近く1700世帯分以上の陳述書を裁判所に提出します。
 「静かな夜を返せ」という訴訟団の願いが、大きなうねりとなって被害国を飲み込もうとしていると言っても過言ではありません。今後とも一人でも多くの方々に傍聴に来ていただき、法廷を熱気で満たしていきましょう。

嘉手納基地爆音訴訟「静かな夜へ」数千人で新訴訟
 嘉手納基地周辺住民906人が国に米軍機の夜間・早朝の飛行差止と損害賠償を求め16年間たたかわれ、5月22日控訴審判決が出された「嘉手納基地爆音訴訟」で原告側は6月5日、最高裁への上告断念を決めました。国側も4日上告しないことを表明しており、82年2月の提訴いらい騒音被害の実態を告発しつづけた裁判の判決が確定しました。
 原告団はいったん解散しますが、その後夜間・早朝飛行差止と損害賠償を求める新たな訴訟を起こします。
 原告弁護団の池宮城紀夫弁護団長は6月6日の弁護団と各支部代表の会議後、「各家庭一人と限定していたこれまでの裁判と違い、これからの裁判は家族、地域ぐるみの運動になるだろう」とのべ、新たな原告団が数千人規模になるとの見通しを示しました。

▼嘉手納爆音訴訟の控訴審判決について
弁護士  加納 力
 今回の判決では、残念ながら夜間・早朝の飛行差止は認められませんでした。国に対して米軍機の飛行差止を求めるのは筋違いだというのが理由です。しかし、うるささ指数75の地域住民についても損害賠償請求を認め、同指数80以上の地域までしか損害賠償を認めなかった那覇地方裁判所の判決より一歩踏み込んだ判断をしました。
 今回の判決で嘉手納訴訟も、これまでの横田基地騒音公害訴訟で私たちが獲得してきたものとほぼ同一水準に達したことになります。
 今回の裁判で特に注目すべきは、国側が主張するいわゆる「危険への接近の法理」が排除されたということです。「危険への接近の法理」とは、自ら危険へ接近したものは自ら被害を被害を招いたに等しいのだから損害賠償は認められない(あるいは減額される)という考え方です。今回の判決では米軍基地が集中している沖縄では、基地被害を避けて暮らすことの方が無理であるという判断をしたのです。沖縄の特殊事情を考慮した判断ともいえるので、本土の横田基地の場合にそのまま準用できるものではありません。しかし、横田基地の場合も東京郊外の住宅地の真ん中に広大な米軍基地が存在しているのです。誰が住宅地に暮らすことを避難できるでしょうか。そのような場所に基地を置いている国やアメリカ合衆国にこそ重大な責任があるというべきでしょう。今回の判決では、基地周辺に暮らす被害者が決して騒音を望んでそこに住んでいるのではないということをはっきりと判断した点で評価できるといえます。
 嘉手納基地の問題が「基地の中に街がある」といわれる沖縄の問題であるとすれば、横田基地は「街の中に基地がある」という逆の意味で異常な首都東京の問題として、なんとしても夜間・早朝の飛行差止を実現させ、静かに眠れる夜を取り戻せるよう沖縄に負けずにがんばっていきましょう。

裁判勝利へ全世帯がただちに陳述書を作成しよう
訴訟団では、各支部ごとに会場を定め、担当の弁護士が土・日曜をさいてひとりひとりと面談して被害の実態を聞き取り、陳述書を作成しています。全員が裁判所で陳述をするのが一番良いのですが、時間の関係で無理なため、陳述書として裁判所に提出します。飛行差止と損害賠償を求めるうえで大変重要なことです。陳述書の作成はひとり一時間くらいで終わります。地域の役員から声がかかった際にはぜひご協力ください。いかに作成された陳述書の一部を紹介します。

▼夜中の2時までエンジンテスト 戦闘機の騒音に窓がふるえる
福生市のHさんは、横田基地の侵入路のランプから300メートル程度のうるささ指数85のところに住んでいます。急上昇、急降下する戦闘機の機体の模様がはっきり見えます。日常的に、ときには深夜2時まで繰り返されるエンジンテストの騒音にも悩まされています。
騒音とともに振動もあり、窓ガラスがビリビリふるえます。冬の北風の吹く時には風に乗って排気ガスのにおいがし、北側の窓の空気孔のあたりのカーテンはススで真っ黒になります。世界で年間で60機も墜落している米軍機がいつ落ちてきても不思議ではないと訴えています。
▼国も行政も町会の陳情を無視、団体住民の3割が裁判に訴える
基地の滑走路から5.15キロの地点にある八王子宇津木台団地(うるささ指数80)に居住するNさんは、平成2年入居してはじめて騒音被害を体験しました。公団パンフレットには「周囲の緑を背景に洗練された家並みは自然とみごとに調和」と書かれ、航空機騒音については触れられていませんでした。
Nさんは、陳述書で騒音被害の実態や被害とともに町会長就任いらいの町会での取り組みに触れ、八王子市や防衛施設庁に陳情をおこなったが「住民の声を伝える」以外に関係機関の対応が無かったこと、「裁判に訴えるしかない」と、町会として横田基地公害訴訟に協力を決め、総戸数321戸のうち138戸が原告団に参加することになった経過をのべています。
▼爆音直下なのに防音工事もない
うるささ指数80の日野市旭が丘地域に居住する6人家族のHさんは、以前住んでいた多摩平のアパートは、昭和54年に建てられたため飛行コースからはずれていても防音工事をしてもらえたのに、新しい建物だという理由で飛行直下の地域で防音工事ができないのはおかしい、国は住民の被害状況を充分に理解し、それをアメリカ政府にきちんと伝え、対策をとるように強力に申し入れてほしい、と訴えています。

嘉手納訴訟団と防衛施設庁交渉
よしおか ちはる
 6月10日の全国公害被害者総行動の取り組みとして、港区六本木の防衛施設庁へ四団体で要請行動をおこないました。
 防衛施設庁は各係・課長クラスの対応で要請団体側の説明と文書に対し単純な返答をするかたちでした。
 初めての見聞でしたが、沖縄嘉手納と普天間から参加のみなさんの話された生活状況や苦しみの訴えは胸のつまる思いでした。
 たとえば、「子供たちは防音がなされた校舎内で過ごしています。解放された校舎で勉強ができないのです。」この実態は、本来あるものの生活ではないのです。まさに爆音と騒音の違いが語られました。
 沖縄の人達の「身体被害がある前に日本の施策で対応できることを」の訴えに共同して、横田の原告のひとりとして今後も出来る行動に参加しようと思いました。

基地公害訴訟団が共同行動を確認
 6月10日、東京弁護士会館で、嘉手納基地爆音訴訟の原告、弁護団と新横田基地公害訴訟団、上瀬谷、麻布米軍へり基地訴訟団との意見交換が行なわれ、国に基地被害の実態を訴え、責任ある回答を引き出すため、来年以降共に行動していくことを申し合わせました。
 全国公害被害者総行動に参加するために上京した嘉手納基地爆音訴訟原告団の有銘政夫さんは、「同じ基地被害ということで、まとまりがある。やりようによっては共通する問題なのでいろいろな取り組みができると思う。持ち帰って検討したい。」とのべました。
 意見交換を呼びかけた新横田基地公害訴訟弁護団の中杉喜代司弁護士は。「一緒に要請行動を展開していくことで、国はいいかげんな対応ができなくなる。」ち共同行動の意義を強調しました。

沖縄県が基地環境問題で研究会
 沖縄県は6月15日、米軍基地の環境問題に対する関係部局の横断的な「基地の環境調査および環境浄化に関する庁内研究会」(仮称)の発足を決めました。今後、民間を含めた検討委員会の設置も視野に入れ、本年度中に取り組みの方向をまとめるとしています。
 研究会の発足は、5月の大田知事の訪米で、返還基地の環境浄化の深刻さを目の当たりにしたことがきっかけ、立ち入り調査も認められていない現状に危機感を表明、@環境問題の実態及び対策にかかる調査・研究。A日本と米国の制度上の相違に関する調査・研究。B日米両政府および関係自治体の対応の状況調査を行ないます。米軍は自国では政府の責任で環境浄化を行なっていますが、日本では基地返還の際の原状回復義務を免除されています。

基地シンポと本土復帰26周年の沖縄
私の記録から 
代表幹事  小板橋 稔市良
 4月18日午後、立川市のホテルで、「首都に米軍基地が必要か」のシンポジウムがあり、日本共産党東京委員会の招待に数人で参加、パネリストの石川巌朝日新聞論説委員から、かつてヘリコプターで横田基地を調査した経験とその後の発見をはじめ、在日米軍のリアルな動静が報告され、関東軍時代動脈の中心・横田基地は、新ガイドラインによってますます危険な日米共同作戦の中枢指令基地・輸送中継基地として、その機能が重大になると指摘。日本YWCA(キリスト教女子青年会)「中高生のためのヒロシマを考える旅委員会」委員藤野尚子さんは、その平和教育運動の経験から「基地を取り戻す展望を次の世代に伝えよう」と我々の裁判の報告を聞いたあとで、「横田基地の署名などあればYWCAに届けてほしい、協力する」と言ってくれました。上田耕一郎参議院議員は、「新ガイドラインの危険な実態と横田」「大変な思いやり予算」「横田エリアという空の支配」などの植民地的状況を説明・告発。フロアの発言でも、「増便の羽田でニアミスが続発しているのは軍事空域が民間航空路を圧迫しているからで、危険極まりない」と羽田空港の管制官が切実に心配を訴えたのが印象的でした。
 5月15日沖縄本土復帰26周年の日、沖縄に飛んだ。那覇の街には平和行進・包囲行動への参加を呼びかける立て看板が目立ち、行きあう行進団には本土からの参加が目立った。私は6度目だが、沖縄は初めてのつれあいを伴った。16日は30年前の国分寺保育運動の仲間、現沖縄母親連絡会会長仲松泰子さんが、夫君の運転するワゴン車で南部の戦跡を中心に案内してくださったのには感激だった。17日、首里城付近を見学の後、午後普天間基地県民大包囲行動に参加できた。
 統一運決起集会の第一集会場となった第2ゲート前では、島袋社会大衆党委員長、古堅衆議院議員らがあいさつ。もと海兵隊員でベトナム線に従軍し、沖縄基地にもいた経験を持ち、横田も視察、我らが訴訟団本部も訪問したことのあるアレン・ネルソン氏の連帯のあいさつがよかった。「阿波根さんが元気だったら必ずここに、ガンジーらがいま存命ならメッセージをくれたであろう。」などといい、マイクを基地内に向け、「私たちがここに集まっているのは、あなたがたが本土に帰って平和にくらせるようにしたいからだ」と呼びかけた。一昨年の訪米で一緒に行動した島袋善祐さんたちと記念撮影、交流会したことも良い思い出だ。午後2時半過ぎ、全県民的実行委員会の統一の人間の鎖、1万6千人の手つなぎが、周囲11.5キロの米軍海兵隊普天間基地包囲を完成したことが、携帯電話とマイクで報告される。普天間の「無条件全面返還」への悲願実現への新たな運動の出発点、それは日米の真の友好実現のためにも海兵隊削減をと訪米して説いている太田知事に何よりの激励になったであろう。
 私は本当は22日嘉手納訴訟の判決に立ち会いたかったのだが、首里の仲根さんから判決全文の載った詳細を報じる現地新聞を送ってもらうことで我慢することにした。
 梅雨の沖縄にあって、包囲行動中にわか雨にちょっとぬれただけで幸せだった。

米軍の超低空飛行の資料公開される
(昭島市  堀 俊彦)

 衆議院第一議員会館で開かれた「米軍低空飛行問題資料の展示・懇談会」(日本共産党国会議員団主催)に招かれ、当訴訟団から5人が出席しました。
 会場には、国会質問で志位書記局長が、米軍機低空飛行問題を追求した際提示した米本土の低空飛行訓練ルート地図(ドイツ・イタリアのもの)や、米軍機墜落事故現場(高知県本山町)の生々しい写真が展示されていました。
 日本では政府さえ知らないのに、アメリカ・ヨーロッパでは、訓練地の承諾を得て低空飛行訓練ルートが決められ、その地図は誰でも入手できるものだそうです。
 また、本山町で撮影された、深い谷間の中をドックファイト(戦闘機による追尾訓練)する二機の戦闘機の映像もビデオ放映されていました。
 広島県作木村の人の話では、爆弾が落ちたような衝撃音がしたかと思う間もなく目の前を黒い影がさっと飛び去っていくので肝をつぶしてしまったそうです。
 また、群馬県渋川近くの北橘村役場の住民課長さんは「村の東洋一大きいサージタンク(東京電力)を目標にして米軍機が飛行訓練しているようだ。衝撃音で民家や公的施設のガラスが割れる事故がおきた。」と話していました。
 志位さんは、情報と運動のネットワークをいろいろな形で作りあげることが重要だと話していました。

世界人権宣言50周年トーク集会が開かれる
(昭島市  清水 多恵子)
 世界人宣言50周年に因み「いま日本の人権は」と問うトーク集会が、6月4日芝青年館で開かれ、主催者からの要請にこたえ、原告有志(遠山、小板橋、清水)として参加しました。
 東京電力や芝信用金庫、日立など職場の男女差別や人権裁判をたたかっている女性がズラリと登場。野村証券労組の女性委員長からの「三役は女性です」の紹介に、会場は拍手で湧きました。
 また、「人権フェスタ98 in TOKYO」2月の大雪のなかの座り込みが再現され、障都連や生活と健康を守る会の方々の「命を守るための命がけのたたかい」が制度改悪を阻んだことが示され、障害があってもいきいきと運動している姿に力づけられました。
 舞台は、「新ガイドラインで東京は」と展開し、麻布米軍ヘリポート返還をたたかう人達とともに、私たちも401号法廷の大きなイラストが張られた壇上へ。「米軍の横暴から生活を、人権を守る裁判」「アメリカにひざまづく政府が建ててあげた米軍住宅は300アンペア。全室冷暖房の水光熱費も大切な国民の税金から負担されている」と訴えると会場からは驚きと怒りの声が。内藤功弁護士から「新ガイドラインはかつての国家総動員法同様民間を戦争に巻き込む危険なもの」との説明があり、人権問題で国際活動をされてきた井上美代さんが「人権・平和は私の原点、広範な人の闘いで勝ち取れるもの。新ガイドラインで日本中を基地化しようとしているが国民主権を取り戻すためにも、皆さんと一緒にたたかいつづけていきたい」と結ばれました。

「思いやり予算」で横田基地に12戸の豪華米軍住宅
 安保条約上も負担義務のない「思いやり予算」は2538億円で中小企業予算の1.4倍となっています。このうち737億円が施設建設にあてられます。
 米軍住宅130戸、小学校、テニスコート、プールなど、不況に苦しむ国民を横目に米軍にはいたれりつくせりです。
 横田基地に建設が予定されている「低層住宅」は、標準(3寝室タイプ)で120uと豪華マンション並、建設費だけで1戸5千万円以上です。
 司令官用は234uで4DKの都営住宅の3倍の広さです。小学校は20人から25人の定員で日本庭園を備えた特別教室やカフェテリアつきのものまであります。
 同時に明らかになったSACO(沖縄にかんする日米特別行動委員会)関係経費(97年度補正で72億円、98年度予算案107億円)では、米海兵隊の実弾演習のために演習場周辺の住宅を「移転」させる費用11億3600万円が含まれるなど、国民には痛みをおしつける内容です。
 このうち横田基地関連の施設として、家族住宅(低層3棟12戸)、青少年センター、多目的厚生施設、宿泊施設などが計画されています。
 横田基地の米軍住宅の工事をおこなった東京土建西多摩支部のある組合員は、「全室空調施設が完備しており、部屋には電気のメーターがついていなかった。電気代は日本の負担なのだろう」となかばあきれ顔で話していました。

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